「よく分からないから、結論から話してください」
仕事をしていると、このように言われることがあります。
言われた側は、自分の説明が理解されていないのだと考えます。そこで次からは、話の冒頭に「結論として」と付け、最終的な判断を先に示そうとします。
確かに、結論を先に話すと分かりやすくなることはあります。しかし、実際に結論から話しているのに、なぜかうまく伝わらないこともあります。
もしかすると、聞き手が「分からない」と感じている対象は、説明の内容そのものではないのかもしれません。
聞き手が分からなくなっているのは、その話に対して自分がどの位置に立ち、何を考えればよいのかではないでしょうか。
結論ではなく、考えるための座標軸
このことを考えるきっかけになったのは、東洋経済オンラインに掲載された、さくらインターネットのCISO・CIOである江草陽太氏へのインタビューでした。
江草氏はCISOとCIOを兼務しながら、エンジニアとしてシステム開発にも関わっています。インタビューでは、CISOの仕事について、個々の作業を自分で実行することではなく、会社の方針や文化を作ることだと説明しています。
記事を読んでいて興味深かったのは、江草氏の回答が分かりやすい一方で、必ずしも単純な「結論、理由、詳細」という順番になっていないことでした。
質問にそのまま答えるというより、まず、その質問をどの範囲で考えるのか、何を判断軸とするのかを置き直しています。
CISOやCIOを、本人がすべての作業を抱える役割だと考えれば、現場の開発との兼務は難しいように見えます。しかし、組織の方針や文化を作る役割だと捉えれば、話の見え方は変わります。
ここで先に置かれているのは、最終的な答えというよりも、「この問題をどの枠組みで考えるか」です。
江草氏の回答が分かりやすいのは、結論を早く言っているからだけではなく、その後の説明を理解するための座標軸が、早い段階で示されているからではないかと思いました。
聞き手が分からないのは、自分の立ち位置かもしれない
「よく分からないから、結論から話して」と言われると、話し手は、自分が伝えようとしている内容を理解してもらえていないと受け取りがちです。
しかし、聞き手が見失っているのは、内容ではなく、その会話における自分の立ち位置かもしれません。
たとえば、顧客から仕様変更の要望があり、開発部門と運用部門の意見が割れているという説明を受けたとします。
個々の話は理解できても、自分が何を求められているのか分からなければ、聞き手は情報を整理できません。判断を求められているのか、助言が欲しいのか、単に状況を共有しているだけなのかが分からないからです。
そこで、最初に次のように言われたとします。
顧客の仕様変更を受け入れるかどうか、今日は判断をお願いしたいです。
これは結論ではありません。話し手自身が賛成なのか反対なのかも、まだ示されていません。
それでも、聞き手は、自分が意思決定者として話を聞けばよいことが分かります。以降に示される情報も、仕様変更を受けるかどうかの判断材料として整理できます。
つまり、聞き手に必要だったのは、話し手の最終回答よりも、自分がどこに立って話を聞けばよいかを示す情報だったのです。
「分からない」という言葉の曖昧さ
日常的に使われる「分からない」という言葉には、いくつもの状態が含まれています。
用語や因果関係が理解できない場合もあれば、何が重要なのか分からない場合もあります。自分に何を求められているのか、どの観点で評価すればよいのかが分からない場合もあります。
聞き手自身も、なぜ理解しにくいのかを細かく分析しているとは限りません。
ただ、話を聞いていてつかみにくい。着地点が見えず、どの情報を重く受け取ればよいのかも分からない。その漠然とした状態を、まとめて「分からない」と表現します。
そして、ビジネスの場でよく使われる改善要求として、「結論から話して」という言葉が続きます。
けれども、実際に求めているのは、結論の先出しではなく、「何の話なのか」「自分に何を求めているのか」「どの範囲で考えればよいのか」を先に示してほしいということかもしれません。
「結論から話して」の背景にある認知負荷
この問題は、認知負荷という観点から考えると整理しやすくなります。
人間が情報を一時的に保持しながら処理するワーキングメモリには限界があります。認知負荷理論では、課題そのものに必要な負荷とは別に、情報の提示方法によって生じる余分な負荷があると説明されています。
もともとは学習や教材設計を中心に発展した理論なので、会話にそのまま適用できると断定することはできません。ただ、情報の示し方によって、受け手の処理負担が変わるという考え方は、会話を考えるうえでも参考になります。
話の目的や構造が示されないまま説明が続くと、聞き手は内容を理解するだけでなく、会話の構造まで推測し続けなければなりません。
これは何の話なのか。何が重要なのか。どこへ着地するのか。自分に何を求めているのか。
話し手が示していない枠組みを、聞き手が自力で補っているわけです。
「結論から話して」という要求の背景には、こうした余分な認知処理を減らしてほしいという要件があるのではないでしょうか。
話し手は、自分の思考順を再生してしまう
話し手がこの問題に気づきにくいのにも理由があります。
話し手は、すでに話の全体像を持っています。なぜこの話を始めたのか、何が問題なのか、最後にどこへ着地するのかが、自分の中ではつながっています。
そのため、自分が出来事を知った順番や、考えた順番に沿って説明しても、本人には筋が通って見えます。
しかし、聞き手はその全体像を持っていません。何の判断材料として、それぞれの情報を覚えておけばよいのかも分かりません。
話し手は思考の履歴を再生していますが、聞き手が必要としているのは、理解しやすいように再構成された情報です。
話すことは、自分の頭の中にある情報をそのまま出力することではありません。聞き手の頭の中に、理解できる構造を作り直すことなのだと思います。
結論先行は一つの方法にすぎない
結論を先に置くことに意味がないわけではありません。
先に着地点を示せば、聞き手はその後に出てくる情報を、結論を支える理由として整理できます。話がどこへ向かうのかを推測し続けなくてよいため、負担も減ります。
結論先行が有効なのは、結論そのものに特別な力があるからではなく、聞き手が情報を整理するための箱を早い段階で作れるからだと考えられます。
ただし、結論を先に言えば、必ず分かりやすくなるわけではありません。
結論として、この件は難しいです。
と言われても、技術的にできないのか、期限内には難しいのか、条件を変更すればできるのかは分かりません。
短い説明ですが、聞き手が補わなければならない情報は多く残っています。
認知負荷を下げるために必要なのは、単に情報量を減らすことではありません。聞き手が情報を分類しやすい形に構造化することです。
場合によっては、結論より先に、話の目的や論点を示したほうが分かりやすくなります。
今回は技術的に実現できるかではなく、期限内に提供できるかを相談したいです。
こう言われれば、聞き手は何に注意を向け、どこまで考えればよいかが分かります。
対話の最初に必要なのは、必ずしも答えではありません。対話がどこを走るのかを示す、ガードレールなのだと思います。
AIとの対話でも、固定する範囲を考える
この話は、生成AIとの対話にも当てはまります。
AIに役割、目的、条件、出力形式を細かく指定すれば、回答を特定の方向へ収束させやすくなります。ゴールが明確な文章作成や要約では、こうした方法が有効です。
一方で、まだ何を考えるべきかが明確でない段階から、問いや結論を細かく固定すると、その枠組みの中だけで回答が作られやすくなります。
千羽氏のnote記事では、AIの次の動きを早い段階で固定せず、自分の観測や思考の現在地だけを置く方法を「未固定プロンプト」と呼んでいます。同記事では、問い、役割、ゴール、解決方法などを意図的に固定しないことが提案されています。著者自身も、これは検証済みの方法ではなく、個人的な実践から生まれた仮説的なフレームだと明記しています。
未固定プロンプトは、何もコンテキストを与えない方法ではありません。
観察した事実や違和感など、思考の出発地点は示します。その一方で、どの問いに答えるべきか、どの結論へ到達すべきかまでは決めません。
出発地点は置くけれど、目的地は固定しない方法です。
もちろん、固定されたプロンプトと未固定プロンプトのどちらかが常に優れているわけではありません。
何が問題なのかを探している段階と、成果物を作る段階では、固定すべき内容が違います。探索中であれば問いや結論に余白を残し、意思決定や作業の段階になれば、目的や条件を具体的に絞る必要があります。
人間同士の対話でも、同じことが言えるのではないでしょうか。
聞き手の認知を設計する
「よく分からないから、結論から話して」という言葉がややこしいのは、聞き手と話し手の双方が、問題を話す順番の問題だと考えてしまうことです。
聞き手は、自分の認知負荷が高くなっている理由をうまく言語化できず、「結論から話して」と要求します。
話し手はその要求を文字どおりに受け取り、最終的な判断を最初へ移します。
しかし、聞き手の役割、対話の目的、扱う論点、判断する範囲が曖昧なままであれば、結論の位置だけを変えても、根本的には改善しません。
「結論から話す」は、実務上有効な方法です。ただし、それは目的ではなく、聞き手の認知負荷を下げるための一つの方法と考えたほうがよいと思います。
話し始める前に考えるべきなのは、結論だけではありません。
何についての話なのか。今は探索、相談、判断のどの段階なのか。相手にはどの立場で参加してほしいのか。どの範囲まで考えてほしいのか。
すべてを毎回説明する必要はありません。聞き手が迷いそうな部分を見極め、必要なガードレールだけを先に置けばよいのだと思います。
「結論から話して」という言葉の背景にあるのは、結論そのものへの要求ではなく、聞き手の認知負荷を下げてほしいという要求なのではないでしょうか。
伝わる話し方とは、話し手が考えた順番をそのまま再生することではありません。聞き手が迷わず考えられるように、対話の目的と範囲を整えることなのだと思います。
参考資料
東洋経済オンライン「25歳で執行役員→“CISOとCIO”も兼務してシステム開発まで手がける、さくらインターネット江草陽太氏『報告文化』の作り方」
千羽「『未固定プロンプト(Unfixed Prompting)』~思考を広げる新しいフレーム~」
Alan Baddeley, “Working memory: looking back and looking forward”
John Sweller, “Element Interactivity and Intrinsic, Extraneous, and Germane Cognitive Load”


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