AIで浮いた時間は誰のものか。効率化で生まれた「余白」は、組織のレジリエンスになる

ブログ

9月18日、ITmedia NEWSに「経営『AIでラクして早く帰って』→社員『帰らない』 工数最大9割減のDeNAも悩むAI効率化の壁」という記事が掲載されました。

読んだとき、最初に感じたのは「この話、少し前にもかなり話題になっていなかったっけ?」という違和感でした。

記事がきっかけとして挙げているのは、8月3日に「はてな匿名ダイアリー」へ投稿された「AIで仕事を効率化したら、なぜか僕の仕事だけ増えた話」です。8時間かかっていた仕事をAIで4時間に短縮すると、4時間早く帰れるようになるのではなく、次からその仕事が「4時間で終わる仕事」と認識され、残った時間に別の仕事が入ってくる。AI活用を周囲に共有した本人には、説明や教育、質問対応まで追加されるという話でした。

この投稿自体は8月のものです。

ただ、今回改めて調べてみると、その背景にある材料は今年前半からすでに揃い始めていました。パーソル総合研究所が「生成AIとはたらき方に関する実態調査」を発表したのは2月3日です。DeNAの南場智子会長が、AIによって仕事が効率化されても思ったほど人が新規事業へ移ってこないと語ったのは3月6日のイベントでした。

8月の匿名投稿によって、以前から存在していた問題が分かりやすい形で可視化された。そして9月になってITmediaが、調査データやDeNAの事例と結びつけて組織の問題として整理した。

「なぜまたこの話が出てきたんだろう」と思ったところから調べ始めましたが、どうやら同じネタが繰り返されているだけではなさそうです。AIによる効率化の議論が、次の段階へ進み始めているように見えます。

AIで時間は減っている。でも仕事は減っていない

パーソル総合研究所の調査では、生成AIを利用したタスクについて、利用前後の所要時間が平均16.7%短縮されていました。

ここは少し注意が必要です。会社全体の労働時間が16.7%減ったという話ではありません。生成AIを使っている個々のタスクについての平均です。実際に業務時間そのものが減った利用者は25.4%にとどまっています。

さらに興味深いのが、削減された時間の使い道です。AIによって削減できた時間の61.2%は再び仕事へ使われていました。その時間を仕事に使った人の75.4%が、使途として「日常の業務」を挙げています。

AIによって作業は速くなっている。しかし、その時間がそのまま本人の余裕や労働時間の短縮につながっているわけではない。

8月の匿名投稿で語られていた「効率化したら、その分だけ次の仕事が入ってきた」という感覚とかなり整合します。

経営側でも似たことが起きています。

DeNAは2025年に「AIオールイン」を掲げ、AIによって既存事業を効率化し、人材を新規事業へ振り向ける構想を示しました。2026年3月の南場氏の講演では、法務によるツール利用規約のチェックで9割、ライブ配信サービス「Pococha」の配信審査で6割の工数を削減した事例などが紹介されています。

ところが、新規事業への人材シフトは思ったほど進みませんでした。

仕事が楽になると、その時間に資料の精度を上げたり、より多くのコードを書いたり、レビューを丁寧にしたり、1on1の頻度を増やしたりする。空いた時間に、それまで十分にできなかった仕事を自分たちで入れていたそうです。

これらは無駄な仕事とも限りません。実際、DeNAの金子俊一氏も「決して無駄ではない」としています。

ただ、結果として人は浮いてこない。

働く側から見ると「AIで効率化したのに仕事が減らない」。経営側から見ると「AIで効率化したのに人が浮いてこない」。

同じ現象を違う方向から見ているように思えます。

効率化の成果を隠すという合理性

9月14日には、ITmedia NEWSにもう一つ興味深い記事が出ています。

AIによって月10時間ほど業務を削減できた会社員が、その成果を上司や同僚に報告していないという話です。

理由は分かりやすい。

効率化したと報告すれば、さらに仕事を追加されるかもしれない。ノウハウ共有まで求められるかもしれない。それでも昇給や昇格にはつながりそうにない。それなら、黙っていた方が本人にとって得です。

似た傾向は海外の調査にもあります。Ivantiが2025年に実施した調査では、仕事で生成AIを利用している人の32%が、AIによる生産性向上を雇用主に秘密にしていると回答しています。また、オフィスワーカーの52%が「より効率的に働くと、雇用主からもっと仕事を与えられる」と回答しています。

日本でも、パーソル総合研究所の別の調査では、AI活用や周囲への教育・サポートといった貢献が「正式な業務や評価に位置づけられていない」と感じる人が32.5%いました。AI活用を評価・処遇へ反映している企業も12.0%にとどまっています。

ここまで来ると、社員側のモラルだけで説明するのは難しくなります。

効率化を公開すると本人の負担が増える。公開しても処遇にはあまり反映されない。そういう環境であれば、成果を隠すという行動にはそれなりの合理性があります。

一方、会社としてはAIへ投資しています。AIライセンスを契約し、システムを整備し、社員へ給与を払っている。生産性向上の効果を事業へ還元してほしいと考えるのも自然です。

問題は、双方がそれぞれ合理的に行動した結果です。

社員は効率化のノウハウを隠す。会社にはそのノウハウが蓄積されない。AIによる改善は個人の中に閉じる。会社は「もっとAIを使ってほしい」と呼びかける。

あまり良い状態には見えません。

現場には「仕事をやめる」という権限がない

今回、ITmediaの記事を最後まで読んでいて、特に重要だと思ったのがこの部分です。

AIによって仕事が効率化されても、現場の社員自身が「この仕事はもうやめよう」と決めることは難しい。

空いた時間があれば、仕事をしてしまう。本人が必要だと思っている仕事ならなおさらです。資料の品質を上げる、レビューを丁寧にする、以前から気になっていた改善をする。どれも本人から見れば合理的です。

田村元樹氏はITmediaの記事で、減らす業務を組織として同時に検討していないことを問題として挙げています。仕事をなくす判断には、会社やマネジャーなど、より上のレイヤーからの働きかけが必要だという指摘です。

DeNAが「人を先に動かす」という方法を取っているのも、このためです。

現場から「仕事がなくなったので異動できます」と申し出てくるのを待っていても、人はなかなか浮いてこない。そこで経営側が新しい事業領域を決め、現業の調整は経営が引き受ける形で、人を先に移していく。

ここまで来ると、AIによる効率化を「個人がAIを上手に使えるか」という話だけで考えるのは難しくなります。

AIはタスクを短くできます。

どの仕事をやめるのか。生まれた時間をどこへ振り向けるのか。そこには組織としての意思決定が必要です。

成果主義なのに、成果を見ていない

この一連の話を見ていると、どこかに「楽をするのは悪」という感覚が残っているようにも感じます。

会社が明示的にそう言っているわけではありません。

ただ、8時間かかっていた仕事を4時間で終えた人を見ると、「では、残り4時間は何をしてもらおうか」と考えるのは管理する側からすると自然です。

従来の仕事では、労働時間と成果量にある程度の相関がありました。多くの仕事をする人は多くの時間を使い、難しい仕事にはそれなりの時間がかかる。

AIはその関係をかなり大きく変えます。

以前なら丸一日かかった資料を1時間で作れる。数時間かかっていた調査をAIエージェントが短時間で終える。成果と作業時間の関係が薄くなっても評価の仕組みが変わらなければ、「早く終わった人」は「時間が余っている人」に見えます。

高い生産性を発揮した結果として仕事を追加されるのであれば、効率化を隠したくなる人が出てくるのも不思議ではありません。

これは、成果主義を掲げてきた組織が、本当に成果を評価できているのかを問う話でもあると思います。

実際には、勤務時間、努力量、忙しそうにしている姿、上司からの見えやすさなども評価材料として使われてきました。

RTO、Return to Officeの議論にも似たところがあります。

2026年に発表されたシンガポールの管理職を対象とする実験研究では、他の条件を揃えても、リモート勤務者はオフィス勤務者より、コミットメント、生産性、チーム精神、昇進可能性について低く評価される傾向が確認されています。

もちろん、出社に価値がないという話でもありません。

2026年にQuarterly Journal of Economicsへ掲載された研究では、ソフトウェアエンジニアについて、同僚との物理的な近さがコードへのフィードバックを増やし、特に若手や在籍期間の短い社員の学習に効果があることが示されています。一方、Trip.comの1612人を対象としたランダム化比較試験では、週2日の在宅勤務を含むハイブリッド勤務によって離職率が約3分の1下がり、その後の業績評価や昇進には有意な悪影響が確認されませんでした。

出社とリモートには、それぞれ異なる効果があります。

ここで気になるのは、成果を直接評価することが難しいときに、「働いている様子」という観測しやすい情報へ引っ張られやすいことです。

AIは努力の過程を短くします。リモートワークは、その過程を見えにくくします。

これまで成果の代理として利用できたものが、少しずつ機能しにくくなっています。

AIで浮いた時間は誰のものなのか

ここまで考えると、「AIで浮いた時間は会社のものなのか、従業員のものなのか」という話に行き着きます。

よく見かけるのが、「会社がAIに投資しているのだから、AIによる効率化は福利厚生ではない」という考え方です。

これは理解できます。

会社がAIへ投資している以上、その投資によって得られた生産性向上を会社が利用したいと考えるのは、財務的には自然です。

一方、効率化して生まれた時間をすべて追加業務で埋めれば、それを知っている従業員には効率化を隠すインセンティブが生まれます。

どちらが時間を所有するのかという議論だけを続けても、あまり良い着地点にはならない気がします。

もう少し上のレイヤーから考えてみます。

そもそも、会社は何のためにAIへ投資しているのでしょうか。

従業員を8時間いっぱい働かせることが目的なら、空いた時間はすべて新しい仕事で埋めればいい。

会社が継続的に成果を上げ、環境変化へ対応しながら事業を続けることまで含めると、余った時間の見え方は少し変わります。

AIによって生まれた余剰能力を、どこへ配分すると会社にとって一番価値があるのか。

ここまで目的関数を上げて考える必要があるのだと思います。

100%稼働している組織は強いのか

私はITインフラに長く関わってきたからかもしれませんが、100%稼働している状態を見ると、効率的だと思うより先に怖いと感じます。

CPUでもネットワークでも、常時限界近くまで使っている状態は、少し負荷が増えただけで遅延や輻輳が起きます。

サーバやネットワークも必要量ぎりぎりには設計しません。障害対策では、平常時には使っていない待機系のサーバや予備回線まで用意します。

BCPやサイバーセキュリティでは、平常時だけを見ると無駄に見える資源を意図的に持ちます。

何かが壊れるかもしれない。急に負荷が増えるかもしれない。攻撃を受けるかもしれない。拠点が使えなくなるかもしれない。

それでも事業を継続できるように、余裕や冗長性を持たせます。

ところが人間の時間になると、「空いているなら仕事を入れよう」となりやすい。

全員の予定が常に100%埋まっている組織では、誰か一人が休んだだけで別の人に負荷が移ります。障害やトラブルが発生すれば、通常業務を止めて対応することになります。突然重要な案件が入っても、誰かの仕事を押し出さなければ対応できません。

新しい技術を試す時間も、業務そのものを見直す時間も残りません。

AIで20%の時間を削減できたとして、その20%へ新しい仕事を入れて再び100%稼働へ戻せば、短期的な処理量は増えます。

その一方で、変化を吸収する余力は増えていません。

「余白」は昔から経営資源だった

この辺りまで考えて調べてみると、経営学には「organizational slack」という概念が昔からあります。

組織が保有している余剰資源をどう考えるか、という研究です。

2025年に193本の研究を統合して発表されたレビューでも、organizational slackは、探索や戦略変更、リスクへの対応に利用できる資源として扱われる一方、過剰になれば非効率や規律低下につながる可能性も整理されています。

余白が多ければ多いほど組織が強くなるという話ではありません。

大切なのは、その余白を何に使える状態にしているかです。

この点は、パーソル総合研究所の提言とも重なります。

同研究所は2月の調査ですでに、AIによる時間削減効果を日常業務の消化だけで終わらせず、改善、再設計、探索といった長期的な付加価値につながる活動へ流すため、「余白時間の使い道」を先に設計することを提言しています。

ここはかなり重要だと思います。

AI活用の成果として「年間10万時間削減」という数字が出たとしても、その10万時間がすべて日常業務へ戻っていれば、会社全体の働き方はあまり変わっていないかもしれません。

新規事業、業務改善、教育、学習、顧客理解へ振り向けることもできる。突発案件へ対応できる余力として一部を残すこともできます。

同じ10万時間でも、どこへ再配分したかによって意味は大きく変わります。

効率化で生まれた余白は、組織のレジリエンスになる

今回のきっかけは、「なぜまたこの話が記事になっているんだろう」という小さな違和感でした。

時系列を追ってみると、今年前半にはすでに問題を示す材料がありました。

2月のパーソル総研の調査では、AIがタスクを短縮しても、浮いた時間の多くが日常業務へ戻っていることが示されていました。

3月にはDeNAが、業務を大幅に効率化しても、人は自然には浮いてこないという経験を語っています。

8月には、その状況を働く側から描いた匿名投稿が話題になった。

9月になると、効率化の成果を会社に隠す社員の話と、DeNAの事例を組織設計の問題として整理したITmediaの記事が続けて掲載されました。

こうして並べてみると、「AIを使えば仕事が速くなる」という話の先が見え始めています。

AIは時間を生みます。

その時間を何に使うかまでAIが決めてくれるわけではありません。

現場の社員には、既存の仕事をやめる権限がない場合も多い。空いた時間を見つければ、本人が必要だと思う仕事で埋めてしまう。だから、どの仕事をやめ、どこへ時間を振り向けるのかを組織として決める必要があります。

そのとき、浮いた時間のすべてを新しい仕事へ振り向ける必要があるのか。

私は、ここにもう一つ選択肢があると思っています。

一部を、あえて余白として残す。

サーバやネットワークには冗長性を持たせます。BCPでは予備の設備や経路を用意します。サイバーセキュリティでも、何かが破られることを想定して復旧能力を確保します。

人間の時間にも、同じような余裕があっていい。

急な案件が入ったときに動ける。誰かが休んでも吸収できる。障害が起きても通常業務を完全には止めずに対応できる。新しい技術を試せる。改善すべきことに気づいたとき、手を付けられる。

こうした余白は、平常時だけを見れば未使用の能力です。

何かが起きたときには、それが対応能力になります。

AIで浮いた時間が会社のものか、従業員のものかという議論は、これからも続くと思います。

ただ、その二者択一だけで考えるのは少しもったいない。

AIによって生まれた時間の一部を、組織が変化を吸収するための「遊び」として持つ。

それは従業員を楽にするためだけのものでも、AI投資の回収を諦める話でもありません。

組織が何か起きても動ける状態を維持するための余剰能力です。

効率化で生まれた余白を全部埋めて、再び100%稼働へ戻すのか。

その一部を、組織のレジリエンスとして残すのか。

AIによる効率化を経営につなげるとき、これからかなり重要な論点になっていく気がしています。

コメント

タイトルとURLをコピーしました