AIは、かなり賢くなりました。
少し前なら難しかった長い文書の読解や、複数の資料を横断した整理、プログラムの修正なども、今ではそれなりにこなします。最近は質問に答えるだけではなく、必要な情報を探し、作業の手順を考え、途中の結果を確認しながら、成果物を完成させるところまで進むAIも増えてきました。
ところが、その進歩に比例して、利用者の満足度もきれいに上がっているかというと、そうでもないようです。
「文書を正しく読んでくれない」「頼んだ資料をうまくまとめてくれない」「指示していないことを勝手に始める」といった不満を、今でもパラパラと耳にします。
もちろん、AIに対する期待が上がった影響もあると思います。以前は、それらしい下書きが返ってくるだけでも驚きがありましたが、今では実務でそのまま使える成果物を期待します。AIの品質と同時に期待値も上がれば、改善を実感しにくくなるのは当然です。
ただ、それだけでは「以前より賢いはずなのに、なぜこちらの意図を外すのか」という違和感を十分には説明できません。
私は、AIの賢さが、私たちの期待していた方向とは少し違う方向へ伸びていることも関係しているのではないかと考えています。
AIの賢さは「正しく処理する」だけではなくなった
多くの人がAIの進化に期待していたのは、同じ指示を出せば、以前より正確な結果が返ってくることだったと思います。
文書の要約なら見落としが減り、資料作成なら修正箇所が減り、質問をすれば事実に沿った答えが返ってくる。コピー機の印字がきれいになったり、検索エンジンの検索精度が上がったりするような、分かりやすい性能向上です。
AIは、もちろんその方向にも進歩しています。しかし、現在伸びているのは、入力された作業を正確に処理する能力だけではありません。目的を推測し、作業を分解し、必要な道具を選び、途中で方針を修正しながら成果へたどり着く能力も強化されています。
OpenAIはAIエージェントを、LLMがワークフローを管理し、必要に応じて判断や軌道修正を行うシステムとして説明しています。Anthropicも、決められた手順をたどるワークフローと、モデル自身が進め方や道具を選ぶエージェントを区別しています。
要するに、AIの進化は「指示された一工程をこなす」方向から、「ゴールに向けて仕事全体を動かす」方向へ広がっているわけです。
もちろん、文書の要約が常にエージェントとして処理されている、という意味ではありません。ただ、最近のAI製品、特にエージェント的な振る舞いを取り入れた製品は、書かれた指示だけを処理するより、その背後にある目的を推測し、必要な処理を先回りする方向へ進んでいます。一見単純な要約や資料作成にも、その振る舞いが表れることがあります。
AIが自分で段取りを考えられる範囲が広がれば、利用者が手順を一つずつ指示しなくても仕事が進むようになります。一方で、AIが最初に目的を取り違えれば、その後の段取りも違う方向へ積み上がります。
行き先を間違えて設定したカーナビが、以前より賢く渋滞を避け、最短経路で別の場所へ連れていくようなものです。経路探索の性能は上がっているのに、乗っている側から見れば「前より使えない」という評価になりかねません。
AIは「能力の高い新規配属社員」に近い
ここで、AIを新規配属社員に置き換えて考えてみます。
新しく配属された社員に「この資料をまとめておいて」と頼んだとします。本人は、資料を短くすることが仕事だと考え、要点を五つに整理して返してくるかもしれません。
しかし、依頼した側が本当に欲しかったのは、翌日の役員会で投資判断に使う一枚ものの資料だったとします。重要なリスクや数字の根拠が抜けていれば、依頼者から見れば使えない資料です。ところが、作った側からすれば「まとめる」という指示には応えています。文章を短くし、項目を整理し、見た目も整えています。
問題は作業能力というより、何のためにまとめるのか、誰が読むのか、読んだ人に何を判断してほしいのかが共有されていなかったことにあります。
新規配属社員は、仕事の一般的な進め方を知っていても、配属先の事情までは知りません。社内で何が重視されるのか、どの数字を疑うべきか、過去にどのような議論があったのかは、実際に仕事をしながら覚えていきます。
現在のAIも、これに近いところがあります。一般知識と作業能力は高いのに、利用者や組織に固有の事情は、与えられない限り分かりません。それでも作業を進めるために、一般的な常識や入力された文章から目的を推測し、足りない前提を補います。
その推測がこちらの事情と一致すれば「よく気が利く」と感じます。外れれば「余計なことをした」「文書を正しく読んでいない」と感じます。
AIが賢くなれば、推測する能力も上がります。しかし、共有されていない社内事情まで、自動的に獲得したわけではありません。ここが、AIの能力向上と利用者の実感がずれる理由の一つなのだと思います。
文書を読めないのか、目的を読めないのか
「AIが文書を正しく読んでくれない」という不満には、少なくとも二つの状態が混ざっています。
一つは、原文に書かれた事実を取り違えたり、重要な記述を見落としたりする、文字どおりの読解ミスです。これはモデルの性能や、読み込ませた文書の状態などにも左右されます。現在のAIでも起こり得るので、人が確認しなくてよいわけではありません。
もう一つは、原文の内容は捉えているものの、利用者が必要とする情報の選び方を間違えている状態です。文書の要約や資料作成では、こちらもかなり多いのではないかと思います。
何を残し、何を捨てるかは、利用目的によって変わります。同じ原文でも、営業会議向け、法務確認向け、経営会議向けでは、残すべき情報が違います。原文を正しく読めることは必要ですが、それだけでは利用者にとって良い成果物になりません。
しかも、利用目的は元の文書に書かれているとは限りません。翌日の会議で誰が何を判断するのか、これまで何が問題になってきたのか、社内でどのリスクを重く見るのかは、文書の外側にある情報です。
AIのまとめに違和感があるとき、原因は読解力不足だけではありません。こちらとAIで「良いまとめ」の定義が違っている可能性があります。
指示から目標へ
では、利用者はAIに何を伝えればよいのでしょうか。
ここで必要になるのは、長大なプロンプトを書く技術ではないと思います。仕事を頼むとき、暗黙のうちに省略していた前提を、AIにも使える形にすることです。
たとえば「この資料を要約してください」だけでなく、「新規事業への投資可否を役員が判断するために使う。市場規模、競争優位、主要リスク、数字の根拠は残し、宣伝的な表現は除いてほしい。確認できない点は推測で埋めず、未確認と書いてほしい」と伝えます。
これなら、AIは単に文章を短くするのではなく、何を残し、どこで慎重になるべきかを判断できます。
OpenAIのモデル向けガイドでも、最近のモデルには細かな手順をすべて指定するより、求める結果、成功条件、守るべき制約、利用できる根拠などを明確にする方法が示されています。Anthropicは、単発の言い回しを工夫するプロンプトエンジニアリングから、指示、道具、外部データ、履歴を含め、AIが判断に使う文脈全体を整えるコンテキストエンジニアリングへ、設計対象が広がっていると説明しています。
さらに2026年に入ってからは、主にコーディングエージェントの周辺で「ループエンジニアリング」という言葉も使われ始めました。IBMはこれを、利用者が定めた目標に向かって、AIが「目標、行動、観察、調整」を繰り返す仕組みの設計として説明しています。
まだ新しい実務用語であり、AI業界全体で定着した標準というわけではありません。ただ、プロンプトが一回の指示を整え、コンテキストが判断材料を整え、ループが目標へ到達するまでの進み方を整える、と考えると関係が分かりやすくなります。
AIが自分で次の行動を決め、結果を見ながら仕事を続けるほど、各工程への細かな指示より、繰り返し参照できる目標、検証方法、完了条件が重要になります。AIへの頼み方が、作業ドリブンから目標ドリブンへ移ってきている、という話なんです。
目的だけ伝えて、あとは丸投げでもない
もっとも、「細かな指示は不要で、目的だけ伝えればAIが全部やってくれる」と考えるのも早いと思います。
目的が抽象的すぎれば、AIが解釈する範囲は広がります。「経営に役立つ資料を作って」と言われても、売上を伸ばす話なのか、リスクを抑える話なのか、来期の予算を決める話なのかは分かりません。自由に考えさせる範囲が広いほど、こちらの期待とは違う方向へ進む余地も広がります。
必要なのは、目的だけではなく、背景、制約、判断基準との組み合わせです。重要な仕事では、最初から完成品を作らせるのではなく、AIが目的をどう理解し、どのような段取りで進めようとしているかを先に確認した方がよいでしょう。
これはマイクロマネジメントではなく、仕事へ着手する前の認識合わせです。
新規配属社員に仕事を任せるときも、目的を説明し、本人に進め方を話してもらい、認識が合っていることを確認してから任せます。途中で確認すべきポイントを決め、最後に成果を評価します。AIに対しても、同じようなハンドシェイクが必要になってきたのだと思います。
製品側の一つの答えは、AIの多様化にある
ここまで書くと、「AIを使いこなせないのは、指示が悪いからだ」という話に見えるかもしれません。しかし、利用者全員がエージェント型のAIに合わせるべきだ、という話でもありません。
製品側の課題への対応の一つは、一つの万能なAIへ収束するのではなく、用途に応じた選択肢を用意することだと思います。
実際、AIモデルはすでに複数のTierに分かれています。複雑な推論や複数工程の仕事を得意とする高性能モデルがある一方で、分類、情報抽出、形式変換のように、目的が明確な処理を高速かつ低コストで実行する軽量モデルもあります。
多くの場合、高性能なモデルほどトークン単価が高く、複雑な推論では処理時間も長くなります。すべての仕事へ最上位モデルを投入することが合理的とは限りません。
ただし、モデルのTierと製品の自律性は別の軸です。高性能モデルを手順の決まったワークフローに組み込むこともあれば、軽量モデルをエージェントの一部として動かすこともあります。モデルの性能と単価だけでなく、利用できる道具、与えられるコンテキスト、処理手順の自由度、人へ確認を戻す頻度まで含めて、AI製品の性格が決まります。
利用者に求められるのは、常に最も賢いモデルを選ぶことではありません。自分のワークロードに必要な品質、速度、コスト、自律性を考えることです。
目的を共有して調査や分析を段取りごと任せるなら、高性能なモデルと必要なコンテキスト、検証のループを備えた製品が向いています。決められた分類や形式変換を大量に処理するなら、軽量モデルや手順を固定したワークフローの方が、速く、安く、期待した結果を得やすい場合があります。
もちろん、利用者が毎回モデル名と料金表を見比べる必要はありません。求める品質、処理速度、コストなどに応じて、製品側が適切なモデルへ振り分ける仕組みにすることもできます。
その場合、利用者が選ぶのは個別のモデルではなく、何を任せるのか、どの程度の品質を求めるのか、どこまで自律実行を許すのかという仕事の条件です。
すべてのAIがエージェントになる必要はなく、すべての仕事に最高性能のモデルが必要なわけでもありません。製品側がさまざまな性能、コスト、自律性の選択肢を用意し、利用者が仕事に応じて選ぶ。AIの進化は、このような多様化の方向にも進んでいくのだと思います。
AIの進化に合わせて、向き合い方も更新する
初期の生成AIは、質問に答えたり、短い文章を書いたりする道具として使われていました。その段階では、「何をしてほしいか」を具体的に書くことが有効でした。
しかし、AIが複数の工程をまたいで仕事を進めるようになると、「何のためにするのか」「どの状態になれば完了なのか」「何をしてはいけないのか」まで共有する必要が出てきます。
これはプロンプトの小技を覚えるというより、AIとの関係を、命令を入力する道具から、目的を共有し、検証と修正のループを回しながら仕事を進める相手へ切り替えることに近いのだと思います。
現在AIをうまく使えている人は、最初から特別に良い指示を書けた人ではないのかもしれません。
AIの変化に合わせて、依頼の仕方、途中の確認方法、成果物の評価方法を少しずつ更新してきた人なのでしょう。何度も失敗しながら、AIがどこまで任せられ、どこから先は人が判断すべきかを学んできた。その蓄積が、同じAIを使っていても得られる成果の差として表れているように見えます。
AIが進化すれば、何も考えずに使っても自動的に良い結果が得られる。私たちはどこかで、そう期待していたのかもしれません。
しかし、AIの進化が「指示への忠実な反応」から「目的に向けた自律的な判断」へ広がるほど、利用者には、目的と判断基準を共有する役割が戻ってきます。
AIの恩恵を感じられないとき、足りないのはモデルの性能ではなく、目的の共有方法や、その仕事に合った製品の選択なのかもしれません。
AIの進化を眺めているだけでは、その能力は必ずしも自分の仕事の成果には変わりません。AIが何をできるようになったかを見るのと同時に、自分はAIへ何を、どの段階で、どのように渡すのかを更新していく。
今はちょうど、その向き合い方まで含めてAI活用を考える段階に入っているのではないでしょうか。
参考資料
OpenAI:A practical guide to building AI agents
OpenAI:Models
OpenAI:Model guidance
Anthropic:Building effective agents
Anthropic:Effective context engineering for AI agents
Jai Lal Lullaほか:Loop Engineering: Building Blocks, Adoption, and Impact(プレプリント)

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