企業でAIを活用しようとすると、かなりの確率で議事録の自動作成が候補に挙がります。会議を録音して文字に起こし、要点をまとめ、決定事項やアクションアイテムを抽出する。人が議事録を書く時間を減らせるので、分かりやすい活用例ではあります。
実際、Microsoft TeamsのCopilotやZoomのAI Companionにも、会議を要約し、議論の要点や次のアクションを整理する機能があります。最近では、そこで作られた議事録を蓄積することで、社内に埋もれていた暗黙知までデータ化できる、という期待も聞くようになりました。会議で話されたことを検索できるようにして、過去の判断や有識者の知見をAIから引き出せるようにする。うまくいけば、確かに便利そうです。
ただ、私はこの話を聞くたびに、少し順番が逆なのではないかと思っています。
そもそも、その会議では記録する価値のあることが話されているのでしょうか。
目的が曖昧なまま人が集まり、資料を順番に読み上げ、誰が判断するのか分からないまま話が続く。最後に担当者らしき人の名前と期限が置かれ、それをAIがきれいに要約する。この場合、議事録を作る作業は効率化されますが、会議そのものの価値が高くなったわけではありません。
AIが作った議事録の量を成果と見なしてしまうと、価値の薄い会議まで効率よくデータ化することになります。議事録AIの投資対効果を考えるなら、AIの精度や削減時間を測る前に、そもそも会議は何を生み出すために行うのかを見直したほうがよいのではないでしょうか。
AIが記録できるのは、会議で語られたことまで
会議の録音や文字起こしには価値があります。これまで記録されずに消えていた発言が残り、欠席者への共有や、後から経緯を確認することが容易になります。これは否定するところではありません。
一方で、「会議を記録すれば暗黙知がデータ化される」という説明には、少し飛躍があるように感じます。
暗黙知は、単に文書になっていない情報という意味ではありません。経験者が無意識に使っている判断基準や、過去の失敗から身につけた勘所、本人にも十分には説明できない技能などを含む概念です。人は知っていることのすべてを、言葉で説明できるわけではありません。
たとえば、ある取引先について、経験の長い担当者が「この契約は慎重に進めたほうがよい」と発言したとします。議事録AIは、その発言を記録できます。しかし、何を見てそう判断したのか、過去にどのような問題があったのか、今回は何が似ているのかまで語られなければ、残るのは結論だけです。
野中郁次郎氏の組織的知識創造の議論でも、暗黙知と形式知の間には、対話を通じて知識を言葉や概念として表す過程が置かれています。会話を録音すること自体が、そのまま暗黙知の形式知化になるわけではありません。経験者に理由を尋ね、具体例を引き出し、他の参加者が解釈し直して、初めて再利用可能な知識に近づきます。
AIが記録できるのは、基本的には会議で表に出た情報です。会議で問いが立てられず、判断の背景が掘り下げられなければ、暗黙知は暗黙のまま残ります。議事録を大量に蓄積した結果、組織知ではなく、検索可能な会話ログが増えただけ、ということも十分にあり得ます。
会議の成果を、会議室の中だけで考えない
では、会議は何のために行うのでしょうか。
一般的には、情報共有、意思決定、合意形成、課題解決、アクションアイテムの設定などが挙げられます。もちろん、どれも間違ってはいません。ただ、私はそれだけでは少し足りないと思っています。
会議で方針に合意し、担当者と期限を決めても、その後に誰も動かなければ仕事は進みません。議事録には「決定」と書かれていても、担当者は引き受けたつもりがないかもしれません。反対意見が出なかっただけで、参加者の誰も納得していないかもしれません。期限は決まったものの、他の仕事との優先順位が整理されていないこともあります。
会議中に決まったことと、会議後に実際に起きることの間には距離があります。その距離を埋めるものは何かと考えると、私は参加者の「関係性」ではないかと思うのです。
会議は、参加者の関係性を更新する場
ここでいう関係性は、仲が良いとか、親しくなったといった情緒的な人間関係だけを指しているわけではありません。誰が何を知っているのか、誰が何を期待しているのか、誰に決定権があるのか、誰が何を引き受け、誰がそれを支援するのか。こうした仕事上の認識、期待、役割、責任、権限、約束、信頼まで含めた関係です。
情報を共有すれば、参加者の間にあった認識の差が小さくなります。意思決定をすれば、誰の判断に従ってどちらへ進むのかが明確になります。担当者と期限を決めれば、実行する人と、その結果を待つ人の間に約束が生まれます。懸念を率直に話せば、どこまでは協力でき、どこから先は意見が一致していないのかが分かります。
このように考えると、合意形成やアクションアイテムは、会議の目的と対立するものではありません。更新された関係性を、外から確認できる形で表したものです。
「Aさんが金曜日までに調査する」という一文だけでは、まだ仕事は動きません。Aさんが必要性を理解して引き受け、他の参加者がその結果を待ち、必要なら誰かが支援する。この関係が成立して、初めてアクションアイテムに行動を起こす力が生まれます。
議事録は、その関係を記録することはできます。しかし、関係そのものを成立させることはできません。
会議の評価関数を変えてみる
会議の評価は、予定どおり終わったか、結論が出たか、アクションアイテムを設定できたか、といった項目で行われがちです。しかし、それでは会議が終了した時点で評価も終わってしまいます。
私が会議の評価関数として見たいのは、会議の後で参加者の関係性がどう変わったかです。
会議の前には判断を迷っていた人が、自分で動けるようになった。誰が責任を持つのか分からなかった案件に、責任を引き受ける人ができた。対立していた二人が同じ意見になったわけではないが、意見の違いを理解し、協力できる範囲が明確になった。担当者が孤立していた仕事に、相談先と支援者ができた。こうした変化が、その後の行動につながります。
会議の効果は、会議室を出た瞬間ではなく、その後の仕事に現れます。更新された関係性が行動を生み、仕事を前に進めたか。そこまで見て、ようやく会議の価値を評価できるのではないでしょうか。
会議の有効性を扱った研究でも、成果は決定やアイデアといったタスク面だけでなく、メンバーが将来も一緒に仕事を進められる関係の質や、参加者の満足度を含めて捉えられています。また、会議で扱う目標が明確で、議論がそこに集中していることは、タスクの成果だけでなく関係の質とも関連していました。少なくとも、会議の価値を「何を決めたか」だけで測るのは狭すぎる、という考えには一定の裏付けがあります。
会議の準備は、会議後の関係から逆算する
この考え方に立つと、会議の準備も変わります。
通常は、何を説明するか、どの資料を見せるか、どの順番で議論するかを考えます。もちろん、それらも必要です。ただ、その前に「会議が終わったとき、参加者とどのような関係になっていたいのか」を考えたほうがよいと思っています。
この人には問題の当事者になってもらいたい。この人とは、何を優先するかについて期待を合わせたい。この人には意思決定を引き受けてもらいたい。この人からは実行への支援を得たい。この二人の間では、無理に意見を一致させるのではなく、違いを確認して役割を分けたい。
そうした会議後の状態から逆算すると、誰を呼ぶべきか、どの情報を事前に渡すべきか、会議で何を問いかけるべきかが見えてきます。逆に、参加者の認識や役割を何も変える必要がないのであれば、本当に人を集める必要があるのかも考えたほうがよいでしょう。情報を渡すだけなら、文書やメッセージのほうが適している場合もあります。
会議を開くことが先に決まり、その後でアジェンダを埋めるのではありません。起こしたい変化が先にあり、そのために同じ時間と場を共有する必要があるときに会議を選ぶ。この順番で考えると、不要な会議もかなり減らせるように思います。
関係性の更新は、仲良くなることではない
「関係性」という言葉を使うと、会議を通じて相互理解を深め、仲良くなろうという話に見えるかもしれません。しかし、必ずしもそうではありません。
依頼を断ることも、責任範囲を明確に分けることも、意見が一致していないと確認することも関係性の更新です。全員の納得を待たず、誰が最終的に決めるのかを明確にする必要がある会議もあります。
重要なのは、関係性を良くすることではなく、仕事が進む状態に変えることです。会議前よりも信頼が増える場合もあれば、安易に相手へ期待しないほうがよいと分かる場合もあります。後者も、その後の役割分担やリスク管理に反映されるなら、有益な更新です。
議事録AIの価値は、会議の価値を超えない
議事録AIは、議事録作成の負担を減らし、欠席者への共有を助け、後から判断の経緯を探しやすくします。人が聞き漏らした論点を拾うこともあるでしょう。道具としての価値は十分にあります。
ただし、AIが会議の価値をゼロから作ってくれるわけではありません。有益な議論が行われ、判断の理由が言葉になり、参加者の期待や役割が実際に更新されていれば、その記録は将来の知識資産になり得ます。目的の曖昧な会議を大量に記録しても、整った議事録と大量の会話ログが残るだけかもしれません。
議事録AIの投資対効果を高めるには、文字起こしの精度や要約時間だけでなく、入力となる会議の質を見る必要があります。議事録を作る時間が何時間減ったかに加えて、会議後の行動がどれだけ早くなったか、認識違いによる手戻りが減ったか、過去の判断が実際に再利用されたかまで見なければ、本当の効果は分かりません。
会議の準備で最初に考えるべきなのは、「何を記録するか」でも「何を説明するか」でもなく、次の問いではないでしょうか。
この会議の後、参加者同士がどのような関係になっていれば、仕事が前に進むのか。
この問いに答えられる会議であれば、議事録AIも価値を持ちます。逆に、この問いに答えられないままでは、議事録だけをいくら賢くしても、会議の投資対効果はなかなか上がらないのではないかと思っています。
参考資料
Microsoft「Catch up on meetings with Microsoft 365 Copilot in Teams」
Zoom「Using Meeting Summary with AI」
Ikujiro Nonaka, “A Dynamic Theory of Organizational Knowledge Creation”

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