6年ほど前、20kgくらいのダイエットに成功しました。今も、おおむねその水準を維持しています。
こう書くと、何か特別な食事法を試したとか、運動をものすごく頑張ったとか、そんな話に見えるかもしれません。実際には、成功した理由はもう少し地味です。何を食べるかをある程度決めて、同じような生活を繰り返せるようにしました。
要するに、食事をルーティーン化したんです。
その考え方の元になったのが、ジェームズ・クリアの『Atomic Habits』です。日本語版は『ジェームズ・クリアー式 複利で伸びる1つの習慣』というタイトルで出版されています。
この本から学んだことはいろいろありますが、私にとって大きかったのは、「大きな目標を掲げて自分を奮い立たせる」ことよりも、「簡単に実行できる小さな行動を、日常の標準にしてしまう」ことのほうが強い、という考え方でした。
ダイエットだけではありません。仕事の進め方や情報収集、AIの使い方など、今の私の行動原理には、この本から影響を受けたところがかなりあるように思います。
「20kgやせる」は行動ではない
ダイエットを始めるときには、「10kgやせる」「夏までに体重を落とす」といった目標を立てることがあります。目標としては分かりやすいのですが、それを決めただけでは、今日の夕食をどうするかは分かりません。
「20kgやせる」は、行動ではないんです。
体重も、直接操作できる数字ではありません。今日300g減らそうと思っても、そのとおりには動きません。食事や活動、睡眠、水分量など、いろいろな要素が積み重なった結果として、後から数字に表れます。
仕事でいえば、体重は売上や利益に近いものです。大切な指標ではありますが、現場で直接操作できるのは、商談する、提案する、改善するといった手前の行動です。
ジェームズ・クリアは、目標とシステムを分けて考えています。目標は進む方向を決めますが、実際の結果を作るのは、日常的に動いているシステムです。著者の言葉を借りれば、「目標の水準まで上がるのではなく、システムの水準まで下がる」ということになります。
私の場合、20kgの減量は最初の目標でした。ただ、その後6年間の体重を支えているのは、当時の目標でも、減量中の勢いでもありません。今も続いている普段の食事です。
食生活にもユニットエコノミクスがある
ダイエットについて調べると、「長期的なエネルギー収支が重要」という説明が出てきます。食べたエネルギーより使ったエネルギーが多ければ体重は減り、反対なら増える。原則としてはそのとおりです。
ただ、これだけでは、いまひとつ日常生活へ落とし込みにくいと感じます。「長期的」とは、いつからいつまでなのか。今日食べ過ぎた分は、いつ脂肪になるのか。明日減らせば相殺されるのか。そのあたりがよく分かりません。
いろいろ調べてみると、体は一日の終わりにまとめて決算をして、余ったカロリーを脂肪へ変えているわけではありません。食後には脂肪の貯蔵が進み、食間や睡眠中には脂肪組織からエネルギーが取り出されます。脂肪の預け入れと引き出しは、一日の中でも繰り返されています。
ですから、昼に食べた脂肪がその日のうちに脂肪細胞へ入ることはあります。ただし、それがずっと残るとは限りません。夜間や翌日に使われるかもしれません。ある程度の期間で見たときに、預け入れのほうが多ければ体脂肪が増え、引き出しのほうが多ければ減ります。
これを見ていて、事業のユニットエコノミクスに似ていると思いました。
事業では、顧客一人、商品一個、取引一件といった基本単位で採算を見ます。一件ごとの赤字は小さくても、取引を増やすほど損失は積み上がります。反対に、一件ごとの採算が成り立っていれば、それを安定して繰り返すことで事業全体も成立しやすくなります。
食生活の場合は、「いつもの一日」あるいは「いつもの一週間」を一つの単位として考えられます。
たまに3000kcal食べた日があっても、翌日から普段の食事へ戻れば、それだけで急に太るわけではありません。一方で、本人が気づかない程度の余剰が毎日の標準パターンに含まれていれば、少しずつ体脂肪が増えていきます。
一日に数十から100kcal程度の違いは、食事全体から見れば誤差のようなものです。調理油、飲み物、小さなお菓子、もう一口といった違いで簡単に発生します。しかも体重は、水分、塩分、グリコーゲン、消化管に残っている食物などの影響で日々変動します。小さな体脂肪の増加は、そのノイズに隠れて見えません。
もちろん、余剰分が同じ速度で永遠に積み上がるわけではありません。体重が増えれば身体を維持するための消費エネルギーも増え、やがて以前より重い体重で新しい均衡に近づきます。体重の変化は単純な足し算ではなく、かなりゆっくり進む動的なものです。
短期間で体脂肪を何kgも増やすのは、意外に難しいことです。でも、気づかないほど小さな余剰を、毎日の標準取引として積み重ねるのは難しくありません。
太る原因は、大きな失敗というより、少しだけ採算の合わない日常が、異常として検知されないことなのではないかと思います。
食べない時間を作る
この仕組みを考えていると、何を食べるかだけではなく、何かを食べない時間を作ることも大事なのではないか、と思うようになりました。
ここでいう「食べない時間」は、空腹を我慢する修行のような話ではありません。食事と食事の間を、何となく食べるもので埋めないということです。
食事をすると、体は入ってきた栄養を使い、一部を貯蔵します。食後しばらくして新しいエネルギーが入ってこなくなると、体内に蓄えているエネルギーを使う割合が増えていきます。ただし、これは明確なオン・オフのスイッチではなく、連続的に変化するものです。
「16時間断食をすれば特別に脂肪が燃える」といった単純な話でもありません。2024年に公表された無作為化比較試験では、摂取カロリーを同程度にそろえたうえで、10時間以内に食事を取るグループと通常の時間帯で食べるグループを比較しましたが、12週間後の体重減少に有意な差は確認されませんでした。少なくとも、食べる時間を短くするだけで、摂取量とは独立した大きな減量効果が得られるとは言いにくそうです。
それでも、食べない時間を決めることには意味があります。食事の終了時点が明確になり、間食の機会が減り、一日の摂取量が安定するからです。
食事を一件の取引だと考えるなら、食べない時間は新しい仕入れを止めて、在庫を使う時間です。一日中、小さな取引を続けていると、総額が分かりにくくなります。食べる時間と食べない時間を分けることで、一日の取引を締めやすくなります。
「やめる」だけでは行動にならない
『Atomic Habits』で私が特に良いと思ったのは、望ましい行動を、できるだけ簡単に実行できる形にするという考え方です。
ダイエットでは、「間食しない」「食べ過ぎない」「夜遅く食べない」といったルールを作りがちです。しかし、「しない」は具体的な行動ではありません。
間食したくなったときに、「間食しない」と考えても、その後に何をするかは決まっていません。その場で毎回判断し、毎回自分を抑制する必要があります。疲れている日やストレスが強い日ほど、難しくなるのは当然です。
それよりも、夕食後は温かいお茶を入れる、食事が終わったら歯を磨く、朝食は前日に用意しておく、といった具体的な行動を置いたほうが実行しやすくなります。
私の場合、最近は毎朝オーバーナイトオーツを食べています。別にオーバーナイトオーツそのものに特別な減量効果があると言いたいわけではありません。前日に用意できて、朝になったら迷わず食べられ、量も大きく変わらない。その運用のしやすさに意味があります。
ジェームズ・クリアは、良い習慣を作るための考え方を、「明確にする」「魅力的にする」「簡単にする」「満足できるようにする」という四つに整理しています。反対に、悪い習慣を減らす場合は、きっかけを見えにくくし、魅力を下げ、実行しにくくし、満足しにくくする、と考えます。
この四つが習慣形成に関する唯一の科学的法則として確立している、という意味ではありません。著者が行動変容の考え方を実践しやすい形に整理したフレームワークです。ただ、日常で使うにはよくできています。
「お菓子を食べないように頑張る」より、家に常備しないほうが簡単です。「毎朝、健康的なものを選ぶ」より、前日に用意しておくほうが確実です。本人の意志を変えるのではなく、その場で選びやすい行動を変えるわけです。
食べる量が環境に左右されることは、意志の弱さだけでは説明できません。NIHが20人を対象に行った短期間の管理試験では、超加工食品中心の食事を自由に食べた期間は、非加工食品中心の期間より一日平均約500kcal多く摂取し、2週間で平均約0.9kg体重が増えました。小規模で短期間の試験なので、すべての加工食品や日常生活へそのまま一般化はできませんが、同じ人でも食環境によって摂取量が変わることは示されています。
Atomic HabitsとCall to Action
この考え方は、マーケティングでいうCall to Action、いわゆるCTAにも通じていると感じます。
CTAは、広告やWebページを見た人に、次に取ってほしい行動を示すものです。「このサービスに興味を持ってください」ではなく、「資料をダウンロードする」「無料で試す」「相談を予約する」といった具体的な動作に変換します。
良いCTAは、何をすればよいかが明確です。実行の負担が小さく、その先に何が起きるかも想像できます。
習慣も同じです。
「健康になる」は目的です。「20kgやせる」は目標です。「明日の朝、用意しておいた朝食を食べる」がCTAです。
仕事でも、「レポートを書く」だけでは、どこから始めるか分かりません。まず確認できた事実を三つ並べる、と決めれば動き始められます。「AIを活用する」では広すぎますが、新しい案件を始めるときに、最初の論点整理をAIへ依頼する、と決めれば具体的な行動になります。
抽象的な目標を、自分に向けたCTAへ変換する。そのCTAを繰り返すと習慣になり、複数の習慣がつながるとルーティーンになります。さらに、結果を見ながらルーティーンを修正できるようになると、日常のシステムになります。
CTAは、意思と行動をつなぐインターフェースと考えると分かりやすいかもしれません。
ルーティーンがあると、例外に強くなる
食事をルーティーン化して感じたのは、多少の食べ過ぎに強くなったことです。
外食や旅行で、普段より多く食べることはあります。そういう日まで避けたいとは思いません。翌日からいつもの食事へ戻れば、それは一時的な例外で終わります。
ところが、普段の基準が決まっていないと、どこまでが例外なのか分かりません。「昨日食べ過ぎたから、今週はもういい」となれば、例外が新しい標準になってしまいます。
ルーティーンがあると、通常状態が分かります。崩れないことよりも、崩れた後に戻る場所があることのほうが大事です。
これは仕事でも同じです。突発案件や繁忙期があれば、いつもの進め方を守れないことはあります。それでも、状況が落ち着いたときに戻れる基本動作が決まっていれば、崩れた状態がそのまま常態化するのを防げます。
習慣というと、毎日一度も欠かさず続けることだと思われがちです。もちろん続けられれば良いのですが、私はむしろ、中断しても再開しやすいことに価値があると思っています。
小さな変化なら何でも良いわけではない
ここまで書くと、小さなことを毎日続ければ、何でもうまくいくように見えるかもしれません。そこは少し違います。
小さな行動でも、向いている方向が違えば、望まない結果が積み上がります。毎晩の小さな間食も、一回だけならほとんど影響はありませんが、標準の行動になれば食生活の採算を変えます。
続けやすい習慣が、目的に合っているとも限りません。マーケティングでも、クリックされやすいCTAが、必ずしも顧客満足や事業利益につながるわけではありません。局所的な指標だけを改善すると、全体では逆効果になることがあります。
環境が変われば、以前と同じ習慣が合わなくなることもあります。年齢や活動量、仕事内容、体調が変われば、同じ食事でもエネルギー収支は変わります。過去に成功した方法を守り続けることより、現在も結果につながっているかを確認する必要があります。
その意味では、習慣だけでなく、フィードバックも必要です。
体重なら、一日の数字に一喜一憂するのではなく、数週間の傾向を見る。仕事なら、作業した回数だけではなく、成果や品質につながったかを見る。習慣は行動を自動化してくれますが、方向まで自動的に正しくしてくれるわけではありません。
行動のユニットエコノミクスを作る
『Atomic Habits』を、「小さな努力を積み重ねれば成功する本」とだけ捉えると、少し精神論に見えてしまいます。
私がこの本をオススメしたい理由は、努力の話というより、行動の設計として使えるからです。
一回の行動が生む効果は小さくても、その行動が簡単で、繰り返すたびにわずかに望ましい方向へ進み、長期間続けられるなら、全体として大きな変化になります。反対に、一度だけ大きく頑張る方法は、その瞬間には成果を出しても、普段の状態を変えません。
Atomic Habitsは、小さな行動で大きな変化を起こす魔法ではありません。採算の合う行動単位を作り、それを無理なく繰り返せるようにする方法、と考えるとしっくりきます。
Atomic Habitsが反復しやすさを作り、CTAが次の行動を明確にし、ユニットエコノミクスがその反復で望む結果が出るかを確認する。もともとは別の文脈で使われている考え方ですが、私の中ではかなり近いところにあります。
20kgやせたことは、一つの成果です。ただ、6年間その水準を維持できていることのほうが、この本から得たものをよく表している気がします。
大きな目標を立てるだけでは、日常はなかなか変わりません。まず、望ましい状態につながる小さなCTAを一つ決める。それを、考えなくても実行できるくらい簡単にする。そして、普段の生活に組み込んでみる。
成果を直接追いかけるのではなく、成果につながる日常を作る。『Atomic Habits』は、そのためのヒントが多い本だと思っています。
参考にした資料
James Clear「You do not rise to the level of your goals. You fall to the level of your systems.」
James Clear「3 Rules For Actually Sticking to Good Habits」
Atoms ― The official Atomic Habits app
Kevin D. Hallほか「Quantification of the effect of energy imbalance on bodyweight」
Kevin D. Hallほか「Ultra-Processed Diets Cause Excess Calorie Intake and Weight Gain」



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